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    『 風の時代を生きる 』

    ~ 気功の偏差について、イルチブレインヨガの体験記、その後 ~

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    2022-11-19 (Sat) 08:52

    気功は観察の練習

    観念とは、自分の考えや感情のことを言います。
    考えにはポジティブなものとネガティブなものがあって、
    感情も、「嬉しい、楽しい」から「憎悪や嫉妬」などさまざまあります。

    気功の偏差から立ち直っていく過程で、私は自分の心の中に生じる感情を見つめていて、ふと気づきました。

    当時、自分の心と体に良いと思ってしていた気功で、心身がボロボロになったことに関して、激しい怒りを感じていました。

    ふと気づいたものは、怒りの感情にフタをされて、出てこれないもう1つの感情がある・・・というものでした。
    コインは裏と表があって、1枚のコインと認識されるように、感情も「対」であることに気づいたのでした。

    怒りの感情に隠されて見えなかったもう1つの感情は、「悲しみ」でした。
    ボロボロにされたという怒りの後ろには、
    ボロボロになって傷つき悲しんでいるもう1人の自分がいました。
    怒りが大きければ大きいほど、深い深い悲しみが心の底に沈んでいます。

    私はふと思いました。
    陰が生まれるから、陽が生まれるのだろうか?
    陽が生まれるから、陰が生まれるのだろうか?

    自分の心の中に怒りが生じた時、どの時点で悲しみが生まれるのか観察しました。
    すると、2つの感情は同時に生まれていました。陰と陽は同時発生することを体感した瞬間でした。

    気功の練習は、自分の体の中を観察するところから始めます。
    首を回せば、それに連動して背骨も螺旋を描くように動いているのを観察します。
    体の1箇所が動けば、体の他の部分が動くのを心の目で追います。
    気功では、観察する力(ありのまま観る力、そしてそのことに対して良い悪いの判断をしない)を練習していたように思います。

    激しい怒りと、深い悲しみに包まれていた私は、さらにもう1つのことに気づきました。
    「悲しみの体験が多くて良かった」と。
    その気づきは、「人を慈しむ心は、悲しみの感情が土台となっている」というものでした。

    気功の時代は、観察によって、陰陽は同時発生するというというところまで気づきましたが、『 統合 』までには至りませんでした。何故なら、この時点では、まだ感情の浄化に至っていなかったからです。

    気功で脳を柔軟化することはできます。
    そこから浄化して『 統合 』するための方法はありませんでした。
    そしてその方法は、ヨガの世界にありました。



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    [Tag] * 気功 * ヨガ * 内観 * 観念の浄化 * 体験記

    最終更新日 : 2022-11-19