FC2ブログ

    『 風の時代を生きる 』

    ~ 気功の偏差について、イルチブレインヨガの体験記、その後 ~

    Top Page › ヨガ編 › スタジオ指導者時代 › 運命が変わった日
    2023-03-29 (Wed) 03:05

    運命が変わった日

    2012年11月、新しい日本人の地域長先生と面談がありました。

    私は、「2013年1月1日から社会人指導者になります」と言いました。
    社会人指導者というのは、社会で仕事をしながら指導者をする人のことを言います。

    地域長先生は、私にこう聞きました。

    「社会で重宝される人はどんな人か知っていますか?」と。

    私の頭の中はここのヨガの原理を探していました。
    ここのヨガは3年会員以上になると、家族としてみなされ特別な扱いをされます。
    気功では心の原理を学ぶためには、自助努力が必要でしたが、
    こちらでは、(会員さん、指導者のための)原理が用意されていました。
    それがタオ12章です。
    3年会員になると、タオを3回まで無料で受講できるシステムがありました。

    タオの中に『正直・誠実・責任感・信義・礼儀』というのがあり、
    そう答えようとしましたが、それが答えではないように思いました。

    素直に、「わかりません」と言いました。

    そうすると地域長先生は、こう言いました。

    「私がお茶が欲しいなぁ~と思ったら、スッとお茶が出て来る」そういう人だと。
    (地域長がお茶が欲しいかどうかなんて、私わかりませんよ?(心の声))

    その時の私は、院長から「空気の読めないヤツ」とさんざんなことを言われていました。
    (スタジオを支える核心会員さんの前でです^^;)

    それでも、いつかは空気を読める自分を取り戻せることを信じていました。
    でも、地域長先生が言われるのは、『心を使える人』のことだと思いました。
    私は心の力を使って願いを叶えることは出来るのですが、
    日常生活の中で、心をどのようにして使ったら良いのかわかりませんでした。

    わからないということは、出来ないということです。
    それで、私は心を使えるようになりたい、
    使えなくても、それがどんなことなのか少しでもわかるようになりたい。

    と、思った時、「配膳の仕事をしよう」
    それも最高のマナーが身に着くホテルの配膳の仕事をすることに決めました。
    この選択が私自身を、私の運命を大きく変えたのでした。

    このヨガでは私は変わりませんでした。
    しかし社会に戻ってから私は大きく変わりました。

    社会に戻って、私がどんな方法で変わっていったかの前に、
    院長が入院するのを見送った日、そしてその後に起きた出来事の告白、
    2012年12月31日、最後の体験入会をしてスタジオ指導者としての役目を
    終えたところをまでを次に書きたいと思います。




    関連記事

    スポンサーリンク

    最終更新日 : 2023-03-29