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    『 風の時代を生きる 』

    ~ 気功の偏差について、イルチブレインヨガの体験記、その後 ~

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    2023-03-23 (Thu) 03:05

    病院に行かせて貰えなかった結果

    さて、韓国の院長と喧嘩して飛び出した私はどうなったのでしょうか。

    異動する前の楽しく指導者生活を送らせて貰った、もう1つの直営スタジオに戻りました。
    ホッとまた呼吸が出来るようになったことを嬉しく思いましたが、実はここでも異変が起きていました。
    それは院長が変わっていたのです。
    「え?こんな時期に異動があるなんておかしい。公文にも載ってなかったし」
    と、私は何か変だと感じていました。

    新しく院長になった韓国の先生を見て、
    私は最初からその人を受け入れることが出来ませんでした。
    その理由は、後々わかるのですが・・・。

    そしてこの頃、体の状態がおかしいことに気づきました。
    最初は膀胱炎かと思っていたのですが・・・。
    ここのスタジオは観光地でありビジネス街のど真ん中にありました。
    個人のクリニックぐらいはあるだろうと探してみましたが、見つかりません。
    スタッフ先生に病院に行きたいと言いましたが、無言の返事を返されました。

    そしてとうとう高熱が出ました。
    それで気づいたのです。
    「あ!私、もともと腎臓が弱かったんだ」と。
    それと、タバコや埃に対してアレルギーを持っていました。
    私は腎盂炎とアレルギー性腸炎とアレルギー性の咳喘息の3つ同時に発病してしまったのでした。

    腎臓が弱いということを忘れていた私は、自分が人より体力がないことも忘れていて、
    これまでのような無茶苦茶なチラシ配りや、大掃除に耐えられなかったのでした。

    39度の熱にうなされて寝ていました。
    このヨガをする前までは私が病気の時、主人がいろいろ気遣ってあれやこれや買って来てくれましたが、それをして貰えなくなっていました。
    「自分の好きなことをしたらいいが、痛い苦しいは全部自分持ちやからな!」
    と、一言突き付けられました。

    熱が下がるまでの2週間、どのようにしていたか覚えていません。
    食事は取れていなかったと思います。
    独立スタジオの院長が電話で、トマトジュースを飲むようにと言われたので、トマトジュースだけで過ごしたかもしれません。

    体を動かすことが出来るようになった時には、私の体力は3分の1まで減っていました。
    (そこからは、無茶苦茶なチラシ配りはなくなりました)

    ようやく人前に出られるようになった時、(数年もっと前に閉鎖した)Kスタジオの院長が、私に、毎日、懺悔の700回バウをするように言ってきました。(何故、他のスタジオの先生がそんなことを言うのか?言う資格があるのか?)

    私は未だにわかりません。
    私は何に対して?誰に対して?懺悔をしなければいけないのか・・・。

    病気なのに病院にも行かせないだけでなく、懺悔までしろというのは、宗教と思われても仕方ないでしょう。

    次回は、新しくきた韓国の院長もまた人を騙していたというお話です。



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    最終更新日 : 2023-03-23